Over the Rainbow 〜7色の架け橋〜

立和田 環(Tamaki Tachiwada)

株式会社ヒューマンクリエイティブアカデミー代表
外資系企業においてマーケティングコンサルタントを経験後、イメージコンサルタントとして活動。『人と色』との関わりを数年にわたって探求し、『オーラソーマ』と出会う。
その後、イギリスオーラソーマアカデミー公認講師として10年以上に渉り全国のオーラソーマ・プラクティショナー(開業セラピスト)の育成に携わり、現在は、マイク・ブース学長の代理として、日本におけるオーラソーマ・ティーチャートレーニングLevel 1コースを教える講師でもある。
また、アメリカにて『神経言語プログラミング(NLP)』トレーナーの資格取得。

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My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅣ.

2019 年 6 月 17 日


My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅣ.
§ Teacher Training Level 1 ④-Dev Aura§
~なぜ私は今ここにいるのか?~

「あなたはなぜ今ここ(Teacher Training Level 1)にいますか?」
このマイクからの問いかけに対して
「私は、なぜ今ここにいるのだろう???」と自分自身に問いかけました。
しかし答えは出ず、その日の夜もまたよく眠れないまま次の日の朝を迎えました。ベッドの中で時計を見ると、丁度5時でした。外はほんのり薄明るくなっていました。ルームメイトを起こさないようそっと部屋を出て、下のダイニングルームへ静かに降りて行きました。
誰もいないダイニングルームは、静寂そのものでした。私は、ソファーに腰を下ろし、何をするわけでもなく、静かにただそこにいました。暫くして私はソファーの横の小さなサイドテーブルの上に、小さなグラスに入ったエンジェルカードに気づき、おもむろに1枚カードを選びました。そのカードには「Responsibility」と書かれていました。さして気にとめることもなく元あったグラスの中に戻しました。
その日も私の順番にはなりませんでした。

次の日の朝、目覚めると時計はまた5時丁度でした。昨日も今日もアラームによって目が覚めたのではなく、なぜか同じ時間に自然に目覚めたのです。
私は昨日と同じようにダイニングルームへ行き、ほんの暫くぼぅっ~とし、することがないのでまたエンジェルカードを選びました。そのカードは、またもや「Responsibility」でした。「?!」この偶然に少し驚きました。でもすぐに「まあ。そういうこともあるだろう。」と気にもとめずにその日を過ごしました。
その日は、明日はいよいよ間違いなく私の番が来るというところで終わりました。それでも私の中には、何の答えも見つからないままでした。

3日目の朝、やはり5時丁度に目が覚めました。また同じようにダイニングルームへ行き、ソファーに腰を下ろし、ふと、そういえば、2日間続けて同じカードを選んだことを思い出し、今度は、もっとしっかりシャッフルしました。何か今日発表するヒントが欲しいと思い、普段の私らしくなく藁をも掴む思いでした。
そしてカードを見て「えっ!」思わず声を出しました。そこに書いてあったのは紛れもなく「Responsibility」でした。

さすがの私も、3日間続けて選んだ「Responsibility:責任、するべきこと、職務、任務・・・???」英語の意味を知っていたとしても、これは一体私にとってどのような意味があるのだろう?
考えていてもその答えは出ず、気分転換にDev Auraを出て、朝の爽やかな、清々しい空気の中で散歩に出かけました。

そして、コースが始まりいよいよ私の番が来ました。
驚くことに私は話し始めたのです。十分とは言えない英語で。
「私は、オーラソーマによって、今まで気づいていなかった自分自身の不自由さから自由になろうとしている。
日本には、私と同じように社会や家族、教育などの環境の中で、長い間に慣れてしまったことで、自分の可能性を、自分自身を、不自由にしていることに気づいていない人たちが、たくさんいる。
その人達のためには、日本の社会や風習などを理解することができる日本人のプラクティショナーが必ず必要になる。
その日本人のプラクティショナーには、日本人のティーチャーが必要になる。
だから私は今ここにいる。」
と話していたのです。

うまく英語で話せたかどうかは、その時の私にとっては重要ではなく、私は、自分が話している言葉、その思いを聞いて、「そういうことなんだ!」と自分自身のことにもかかわらず、やっと気がつきました。
このことが、私にとっての「Responsibility」が現す答えだと思いました。

だからこそ、その時の私の思いは、20年以上経った今までも、一度もぶれたことがありません。

それから何年か後、マイクは「その時の私の言葉を覚えている。」と言っていました。

P.S.(後書き)
10年以上後に、マイクはコースの中で「Responsibility」とは「Response」-「ability」つまり :「反応・応答」する「能力・才能」のことを言う。と何度も話しています。
「なるほど。」と思いつつ、20年以上経った今も、自分自身の答えを私は自分の道の上で、洗練し続けていると思います。

※上部写真は、ここ最近のDev AuraのLiving Roomの写真です。
当時は一人がけではなく長いソファーだったと思います。

To be continued…

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