Over the Rainbow 〜7色の架け橋〜

立和田 環(Tamaki Tachiwada)

株式会社ヒューマンクリエイティブアカデミー代表
外資系企業においてマーケティングコンサルタントを経験後、イメージコンサルタントとして活動。『人と色』との関わりを数年にわたって探求し、『オーラソーマ』と出会う。
その後、イギリスオーラソーマアカデミー公認講師として10年以上に渉り全国のオーラソーマ・プラクティショナー(開業セラピスト)の育成に携わり、現在は、マイク・ブース学長の代理として、日本におけるオーラソーマ・ティーチャートレーニングLevel 1コースを教える講師でもある。
また、アメリカにて『神経言語プログラミング(NLP)』トレーナーの資格取得。

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My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩ.

2019 年 5 月 21 日

暫くぶりにブログを更新します。
2019年マイクの日本ツアーにご参加頂き、Practical Skills for practitioner, Essentials InstructorそしてL2&L3のそれぞれのコースでご一緒頂いた皆さま、ありがとうございました。
たくさんの皆さまとお話をさせて頂き、とても有意義で楽しい時間を過ごすことができました。今回ご参加頂いた皆さまはもとより、今後もできる限りのサポートをさせて頂きます。

My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩ.
§ Teacher Training Level 1 §

1997年、初めてTeacher Training Level 1に参加しました。今にして思えば、この時から本当の意味での私のオーラソーマ人生がスタートしたのかもしれません。

Dev Aura(イギリス)でのTeacher Training Level 1開催のお知らせは、私のところにやって来たという様な感覚でした。というのは、その頃の私は、オーラソーマにだんだん惹かれコンサルテーションを行うことにも喜びを感じていましたが、まだまだ独立した仕事としての認識がそれほど強くはありませんでした。

その当時は、私自身のメイクアップスクール以外でも、イメージコンサルタントとして企業から依頼された講演やメイクアップアーティストとして様々なショーでの活動、また更に技術を高めるために研究をしていました。つまり私の仕事としての意識は、オーラソーマよりも今までの仕事の方が、高かったと思います。
私の仕事を通して、私と出会ったことで、自信を取り戻し、輝いていく皆さんのお手伝いをしている喜びにいつも感動していました。驚くことにどんなにうらやましいほどに綺麗なモデルの方でさえ様々なコンプレックスを持っていて、いつもメイクをしながらカウンセリングのようになっていました。私としては、ある程度充実していましたので、オーラソーマはそういった仕事の一環という認識でした。

そんな私のところにTeacher Training Level 1の話がやって来たのです。その時の私の答えは、「別に参加してもいいですよ。」と、まるで他人事のような反応をしていました。
断る理由も、その流れに抵抗する理由もなく、イギリス旅行に行くぐらいの軽い感覚でしたので、それによってオーラソーマティーチャーになるという自覚はほとんどありませんでした。

オーラソーマ自体も、プラクティショナー(という名前すらなく)やティーチャーとしての登録システムもまだありませんでしたので、尚更自覚がなかったのかもしれません。

当時は、現在のブリッジコースをティーチャー1といい、現在のTL1⇒ティーチャー2、TL2⇒ティーチャー3、そして最終のTL3⇒ティーチャー4と言われていましたので、ティーチャー1の次はティーチャー2なんだと思っていただけでした。

そんな軽い気持ちで参加したティーチャーコースが、その後の私の人生を大きく変えることになるとは、私は全く思いも寄りませんでした。

このお話は、また次回以降にさせて頂きます。

To be continued…

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