My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅤ.
2019 年 6 月 24 日
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅤ.
§ Teacher Training Level 1 ⑤-Dev Aura§
~なぜ私は今ここにいるのか?~
Teacher Training Level 1 の間に、私はもう一つの大切な確信を得ました。
以前のブログにも書きましたが、一緒にコースに参加していた皆さんの内の何人かの方が、今までの仕事をリタイア(定年退職)して参加されていて、これからの人生は、自分の生きがいになるようなことで、世の中に貢献したい。ということを言っていました。
とても素敵に年齢を重ねられていることが、お顔の表情や姿形から溢れていらっしゃいました。
この仕事は、もちろん年齢制限はなく、それどころか年を取れば取るほど、様々な経験から人生の深みが増し、更に洗練されていく可能性がある仕事だと思いました。
時々コースなどで、冗談で笑い話のように言うのですが、
「座って行なうこの仕事は、たとえ年を重ね体が不自由なったとしても、もしかしたら生きている限りは、自分がそうしたければ、現役で続けられるかもしれない。」
ちょっとオーバーに聞こえるかもしれませんが、実は本当にそう思ったのです。
その時、私の人生の目標が見えてきました。「そうだ! いつも笑顔の可愛いおばあちゃんになろう!」
その後も将来の目標や夢を聞かれる度に、いつもそう言ってきました。
その時、ある光景を思い出しました。
ある年の敬老の日、100歳のおじいさんに、TVでのインタビューがありました。その方は毎朝早くに畑に出て、そこで採れた野菜を、近所の人たちに配っていました。そのおじいさんの笑顔と近所の方々との交流を見たインタビューアーが、おじいさんに尋ねました。
「お元気ですね。何歳まで働かれるつもりですか?」
その質問に対して、「体が動くまでずっとはたらくつもりだよ。」「はらたくというのは、はた(傍)が、らく(楽)になるためにすることなんだよ。」とおじいさんは満面の笑顔で言いました。
その時のおじいさんの笑顔とその言葉に、「こんな素敵に年を取りたい。」と、私は本当に感動しました。そしてその時、私ながらに、ふと気がつきました。そういえば、「働く」という漢字も「人」が「動く」と書く。
物質的であれ、肉体的であれ、感情的であれ、心理的であれ、精神的であれ、あらゆる分野で「周りの人(たった一人の目の前の人)が楽になる」そのことに携われたら、きっと本当に充実した生き方になるかもしれない。
そして、そこから20年以上の月日が流れ、私も世の中的に、おばあちゃんと言われる年齢になりました。そして分かってきたことは、オーラソーマで言う一番目のボトルの現す「使命・目的」を生きることは、自分自身である色を思い出していく、明らかにしていくプロセスであり、その色である自分自身を生きていくということ。
そのことが、実は社会に向けて、一緒にいる周りの人に向けて、そして目の前の誰かに向けて、もしかしたら自分が気づかないうちに、自然に何かの役に立っているかもしれない。
でも、そのことには意図的にならないでいたいと思います。
※上部写真は、ここ最近のDev AuraのBack Garden「Memorial Garden for Vicky Wall」にある、ヴィッキーの「Go Hug a Tree」の木の写真です。TL1当時から比べると、ずいぶん大きな木になりました。20年以上の時の流れを感じます。
To be continued…
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅣ.
2019 年 6 月 17 日
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅣ.
§ Teacher Training Level 1 ④-Dev Aura§
~なぜ私は今ここにいるのか?~
「あなたはなぜ今ここ(Teacher Training Level 1)にいますか?」
このマイクからの問いかけに対して
「私は、なぜ今ここにいるのだろう???」と自分自身に問いかけました。
しかし答えは出ず、その日の夜もまたよく眠れないまま次の日の朝を迎えました。ベッドの中で時計を見ると、丁度5時でした。外はほんのり薄明るくなっていました。ルームメイトを起こさないようそっと部屋を出て、下のダイニングルームへ静かに降りて行きました。
誰もいないダイニングルームは、静寂そのものでした。私は、ソファーに腰を下ろし、何をするわけでもなく、静かにただそこにいました。暫くして私はソファーの横の小さなサイドテーブルの上に、小さなグラスに入ったエンジェルカードに気づき、おもむろに1枚カードを選びました。そのカードには「Responsibility」と書かれていました。さして気にとめることもなく元あったグラスの中に戻しました。
その日も私の順番にはなりませんでした。
次の日の朝、目覚めると時計はまた5時丁度でした。昨日も今日もアラームによって目が覚めたのではなく、なぜか同じ時間に自然に目覚めたのです。
私は昨日と同じようにダイニングルームへ行き、ほんの暫くぼぅっ~とし、することがないのでまたエンジェルカードを選びました。そのカードは、またもや「Responsibility」でした。「?!」この偶然に少し驚きました。でもすぐに「まあ。そういうこともあるだろう。」と気にもとめずにその日を過ごしました。
その日は、明日はいよいよ間違いなく私の番が来るというところで終わりました。それでも私の中には、何の答えも見つからないままでした。
3日目の朝、やはり5時丁度に目が覚めました。また同じようにダイニングルームへ行き、ソファーに腰を下ろし、ふと、そういえば、2日間続けて同じカードを選んだことを思い出し、今度は、もっとしっかりシャッフルしました。何か今日発表するヒントが欲しいと思い、普段の私らしくなく藁をも掴む思いでした。
そしてカードを見て「えっ!」思わず声を出しました。そこに書いてあったのは紛れもなく「Responsibility」でした。
さすがの私も、3日間続けて選んだ「Responsibility:責任、するべきこと、職務、任務・・・???」英語の意味を知っていたとしても、これは一体私にとってどのような意味があるのだろう?
考えていてもその答えは出ず、気分転換にDev Auraを出て、朝の爽やかな、清々しい空気の中で散歩に出かけました。
そして、コースが始まりいよいよ私の番が来ました。
驚くことに私は話し始めたのです。十分とは言えない英語で。
「私は、オーラソーマによって、今まで気づいていなかった自分自身の不自由さから自由になろうとしている。
日本には、私と同じように社会や家族、教育などの環境の中で、長い間に慣れてしまったことで、自分の可能性を、自分自身を、不自由にしていることに気づいていない人たちが、たくさんいる。
その人達のためには、日本の社会や風習などを理解することができる日本人のプラクティショナーが必ず必要になる。
その日本人のプラクティショナーには、日本人のティーチャーが必要になる。
だから私は今ここにいる。」
と話していたのです。
うまく英語で話せたかどうかは、その時の私にとっては重要ではなく、私は、自分が話している言葉、その思いを聞いて、「そういうことなんだ!」と自分自身のことにもかかわらず、やっと気がつきました。
このことが、私にとっての「Responsibility」が現す答えだと思いました。
だからこそ、その時の私の思いは、20年以上経った今までも、一度もぶれたことがありません。
それから何年か後、マイクは「その時の私の言葉を覚えている。」と言っていました。
P.S.(後書き)
10年以上後に、マイクはコースの中で「Responsibility」とは「Response」-「ability」つまり :「反応・応答」する「能力・才能」のことを言う。と何度も話しています。
「なるほど。」と思いつつ、20年以上経った今も、自分自身の答えを私は自分の道の上で、洗練し続けていると思います。
※上部写真は、ここ最近のDev AuraのLiving Roomの写真です。
当時は一人がけではなく長いソファーだったと思います。
To be continued…
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅢ.
2019 年 6 月 11 日
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅢ.
§ Teacher Training Level 1 ③-Dev Aura§
~なぜ私は今ここにいるのか?~
当時Teacher Training Level 1は6日間のコースでした。
一緒にコースに参加している人たちの中には、このコースの終了後にレベル1コースの開催のプランをしっかりと持っている人達もいました。もちろんそのためのコースですので当然と言えば当然なのですが、何の目的を持たずに参加をしていた私は、その当たり前のことに驚き、「え!そうなの?」と心の中でつぶやいていました。そして、そんな私にも「コースが終わったらすぐに、レベル1を教えるの?」を尋ねられた時には、全く考えもしていなかったので「そのうちね。」と答えることが精一杯でした。
根っからの面倒くさがり屋で、いつも受け身の私の性質からすると、よほどの強い使命感や目的意識が生まれない限りは、行動に繋がらないのです。今までも何かを求められた時、その使命を果たす責任感と情熱は十分持ち合わせていると思いますが、自ら能動的に何かをやり出すことはあまりありませんでした。
社会人になった最初の就職の時からも、アルバイト時代に幸運にもプロモーションの企画などで業績をあげることができ、また、その企業が主催したコンテストに優勝したことなどがきっかけでその企業からのスカウトによって入社し、その後も全て何かに導かれるままでここまで来ました。もちろんその時その時の選択は、自分自身で決断していますが、自分から能動的に手に入れようとしないその性質は、結局今も尚、ずぅっ~と続いています。
以前このブログで紹介しましたが、私の1番目のボトルがB50:エルモリア「神聖なる意志が求めることにYesを言う」であることが、後に明らかになったことで、私のありのままのクオリティーを洗練させていくということが、最も私らしく軽やかに生きていることの鍵になっています。
それはさておき、Chapter ⅩⅩ.に書きましたが、目的もなくただ参加していたこのティーチャーⅠコースで、私はその後のオーラソーマ人生を決めることになった出来事を経験することになりました。
それは、コース中にマイクが私たち参加者に尋ねた一言から始まりました。
それは、
「あなたはなぜ今ここ(Teacher Training Level 1)にいますか?」
と言う問いでした。
そして、この問いに対する自分自身の答えを、参加者一人一人が話していくことになったのです。その日は10人ほどの人が話し、次の日にまた続きの人から話すことになりました。
私は、思わず「ほっ」と胸をなで下ろしました。もし今日私の順番がやって来ていたならば、きっと何も答えられなかったでしょう。
ただ、この問いは、まさに私自身が向き合う必要があることでした。
「私は、なぜ今ここにいるのだろう???」
To be continued…
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅡ.
2019 年 6 月 3 日
My history with Aura-Soma:Chapter ⅩⅩⅡ.
§ Teacher Training Level 1 ②-Dev Aura§
Teacher Training Level 1初日の朝は、ジェットラグも有り、あまりぐっすりと寝ることができないまま6時ごろにベッドから起き出しました。夏とはいえイギリスの朝は涼しいというよりも寒く感じました。ルームメイトの二人は、さすがアルプスの麓に住んでいる方達なので、新鮮な空気がお部屋に入ってくるようにと、大きな窓を一晩中少し開けたままにしていたようです。
暫くして2人とも目覚め、キャリーナは、まず外階段の踊り場に出て、小鳥たちに語りかけるように歌を歌い始めました。毎朝の習慣だそうです。アルプスの麓で毎朝小鳥たちに歌いかけているなんて、その様子は、まるで大人になったアルプスの少女ハイジを思い起こさせました。
聞いていたとおりほとんどの参加者がドイツ語圏(ドイツ、スイス、オーストリア、オランダ)からで、その他少数のイタリア、スペイン、ハンガリーなどヨーロッパ諸国からの参加者だったと思います。そして最高年齢の参加者は85歳のアメリカから来られた方でした。その方は、足を悪くされていて杖をついていらっしゃいました。それでもとてもお元気で明るい方でした。
今にして思えば、その時のマイクの年齢は、今の私の年齢よりは遙かに若い47歳でしたので、きっと多くの参加者がマイクより年上だったかもしれません。
日本人は比較的年齢より若く見えるようで、ルームメイト達は、私を娘というよりも孫のようだと、可愛がって世話をしてくれました。
コース中のペアワークやコンサルテーションは、必然的にお互いに言葉が十分に通じないもの同士が組むことになりました。お陰でオーラソーマコンサルテーションの大切な鍵を受け取ることができました。
それは、言葉を超えて相手の内なる声を聴いている感覚でした。そしてクライアントとして話すときも、パートナーは誰もが、言葉を超えて本当にしっかりと受け止めようとしてくれていました。
同じ日本語の場合、毎日の日常の会話では、本来ならしっかりと理解するように聞き取れるはずが、ともすれば、聞いているようで聞いていないことがあるかもしれません。または、自分のフィルターを通して聞いていて、思い込みのようなものが、コミュニケーションの邪魔をしてしまうかもしれません。
プラクティショナーとして聴き取るのは、言葉の奥にあるもの、そしてクライアントは、プラクティショナーの受け止めようとする態度・存在がある故に、自分のために深いところから話すことができるということ。つまりプラクティショナーは、ただそこに寄り添っていることに価値があるということ。
今でも尚、その時経験した感動の感覚を忘れることができません。そして、私のプラクティショナーとしての基盤が、この時から更に益々洗練されてきたように思います。
To be continued…